Books on the Ref.2526
当時制作された広告から、この時計がいかに画期的だったか伝わってきます。
パテックフィリップ初の自動巻ムーブメントは、ヘビーローターを持つ両方向巻き上げ式である点が注目されたのでしょうか。
また、この本の著者によれば、この時計の一つのトピックである焼成エナメルダイアルについても"bouble baked enamel"と説明されており、その製造工程にも興味が集まっていることが窺えます。
ダイアルの製造工程については、以前にも記述したことがありますが、2回焼いているとの意味を考えてみたいと思います。
ゴールドプレート(原則としてパテックフィリップの時計の文字盤素材は18Kゴールド製のようです)の上に陶生地を整形し、事前にインデックス取付穴や針穴は加工されていると思います。
恐らくこの時点で一度目の焼成を行うと推測できます。
陶器であれば素焼きに該当するこの作業の後には、地の研磨があったかもしれません。
次の工程では、ゴールド箔を切り抜いて造られた"PATEK PHILIPPE"のレターが配置され、ミニッツドットマーカー、スモールセコンドマーカーも入れられたでしょう。
但し、ドットマーカーとスモールセコンドマーカーは箔というよりも、金を混ぜたエナメルの様にも見えることから、仕上げに書き入れるとの意見もあります。
リダンと思われるダイアルでは最後にプリントされているようにも見えます。
最終工程として、クリアな状態に焼成される釉薬をかけ、極めて微妙な時間の焼成を行っていたと推測されます。
2度にわたる焼成の弊害として、ダイアル表裏の収縮差によるクラックの発生があったことから、裏面にも焼成生地を塗布していたことはご存じの方が多いのではないでしょうか。
いずれにしても製造上の歩留まりは驚くほど低かったのではないかと想像されます。
クラックが入らず焼成できたとしても、ダイアル表面釉薬に気泡入りが美観を損ねる事態になれば商品にはならないことから廃棄されたと思われます。
そして最後の段階で、あらかじめ空けられた穴にアワーインデックスの足を差し込むことで固定しています。
開けられた穴の周囲は"くぼみ"となっていて、そにフレアーが出ることで非常に美しい陰影が生まれます。
陶磁器の"わび"にも通じるこのニュアンスは、日本では"エクボダイアル"と称され評価が高くなっていることはメーカーサイドの意図したことではなかったでしょう。
製造上の省力化のためか、差し込み式のインデックスは姿を消していきますが、むしろ文字盤の完成度は時代が下がるほど高くなっていくようにも見受けられます。
不思議なことにRef.2526の後継機ともいえるRef.3428の文字盤はほぼ同じ製法と思われますが、製造年代が10年近く新しいためかその平滑さは際だっていて、スパッタのようなクレーターはほぼ見られません。
あくまで推測ですが、電気炉の登場など製造上のデバイスに変化があり、結果製品のクォリティが向上した可能性もあります。
またケース素材ごとに違うと言われているダイアルの色味については、製法上用均一にはなりにくいものの、時代が下がるほど安定した品質を出しているようにも見受けられます。
by pp5396 | 2011-02-19 06:40 | VINTAGE PATEK PHILIP | Trackback | Comments(4)
エナメルダイヤルについての考察、大変興味深く読ませて頂きました。
今からでは想像もつかないほど手間とコストがかけられた工程には、本当に驚かされますね。
エナメルダイヤルの色味についてですが、私のものでは(ともに18KYG)エクボ付きのものがやや青味がかった乳白色だったのに対し、エクボなしのものがベージュに近い乳白色でした。
焼き物である以上、こうした個体差がでるのもトロピカルの魅力であり、面白味ですね。
コメント頂きありがとうございます。
個人的な考察になりますが、製造開始初期の頃の文字盤に色目のバラツキが大きいように思います。
それ故ユニークな組み合わせが生まれる結果となったことも面白いですね。
Ref.3428などは、クリームから白っぽい色目が多く見られることから、やはり年代が新しくなるほど製造品質が安定してきたといえるのかもしれません。
なるほど、定められた品質レベル以上での"仕上がりのバラつき"は機械化や機械自体の制御や精度の向上によって品質が狭い範囲に収斂してきますものね。
ただ個人的には、人の手による領域の多さから出る定められた品質レベル以上での"仕上がりのバラつき"が好きなんです。
(笑)
3428については個体数が少ないですので、あくまで推測の域は出ないのですが、実際に確認した範囲ではすべからく平滑なダイアルだったと思われます。
製造技術の向上によって、いわゆる品質管理上の閾値が狭くなっていったということだと思いますが、 真相はどうだったのでしょうか。
しかし、私も良い意味で期待を裏切る仕上がりのバラツキを評価したいと思っています。
それは中世のステンドグラスが現在の技術でも再現できないことと似ていて、新しい技術への挑戦と工業化が交わる一瞬に垣間見えた奇跡のような産物だったのかもしれません。